こんにちは、Manaです!
今日は最近、出会った言葉から”わかり合う”の概念がひっくり返ったので、ここでシェアします♡
わかり合う、とは、同じ想いや自分のほしい言葉を期待するのではなく、〝お互いの違いがわかる〟こと。
「え、わかり合うってそんなんでいいの?」って二度見😳
最近読んでた本でこの言葉に出会ってから、価値観ぐるんとひっくり返ったというか。
色んなことがすとんと腑に落ちたのでここにもメモします。
今まで〝わかり合う〟の難しさをずっと感じてて、それはわかり合うことのゴールがちょっと違ったからなんだなーと思った。
例えば、パートナーと何かを話し合った時に、それぞれの価値観が違うと、落とし所がよく分からなかったりして。
どちらかが意見を曲げたり、どちらかが受け入れたり、それか平等に真ん中らへんのアイディアを採用する、とか…
何か具体的な課題や問題があって、それをどうするかを話し合う場合ならそういうことでも大丈夫だけど、これが考え方や価値観だったら?
説得したもん勝ち?なんかそれって違わない???
と、そのあたりが腑に落ちなくて、わかり合うってなんだろうーって自分の中でずーーっともやもやしてた気がする。
けど、それは私の中で
「”わかり合う”=同じ価値観や考えを共有すること 」
という無意識の思い込みがあって、そうじゃないとダメ、そういう状況じゃないと分かり合えてない、と心のどこかしらで感じてたからなのかなって。
けど、お互いの違いを知ること、分かること。それが〝わかり合うこと〟だとしたら。
シンプルに、それでいいんだーって思ったら、もう全てが、これでいいんだー!ってなって、すんごく心がゆるみました。
同じところ見つけて喜ぶのもいいけど、違うところを喜び合えたらもっと素敵♥
多様化が進んで色んな価値観や考え方がたくさんある世の中で、できる限りを受け入れたいな〜って思ってて、こういう考え方だったら、自分とは異質なものでももっと軽く柔らかく受け入れて、尊重し合い、共存できるのかなって思いました。
私の中の多様性に一歩近づいた!そんな気持ち。
究極を言うと「あなたと私は別々の人だね」って分かることだけでもいいのでは…!?
それを混同しちゃってる人が、服従させたり、無理に説得したり、なんか無理矢理なことを当たり前のように要求するのでは、と思ってしまった。
特に親子とか夫婦とか、なんだろ、近しい人に起こりがち。分かるけどね。
素晴らしいですね。
頷きながら読ませていただきました。
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コメントありがとうございます。共感していただいて嬉しいです。
ほんの少しの気づきがあれば、もっと生活が豊かになりますね☺️
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